前回は「亡くなった人は命日をどう思っているか」についてお話ししました。形に縛られず、無理のない範囲で愛する方を思い出す日であればいい、という内容でしたが、今日はその続きとして「亡くなった人を思うことは執着なのか、それとも愛なのか」というテーマでお話しします。
【リスナーからのメッセージ:空色のリボンさん】
ここで、リスナーの「空色のリボンさん」からのメッセージをご紹介します。
「亡くなった夫のことを毎日思い出しては涙が出てしまいます。
いつまでも悲しんでいると夫が成仏できないのではないか、私の思いが執着になって彼の負担になっているのではないかと不安です。
これは愛なのでしょうか、執着なのでしょうか」という切実なお悩みです。
【執着と愛の違い:エネルギーの「重さ」】
空色のリボンさんのように、自分の思いが相手の足かせになっているのではと悩む方は多いと思います。
大切なのは、その思いの「エネルギーの重さ」です。
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執着(重いエネルギー): 「なぜいなくなったの?」「私を一人にしないで」という、
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過去の欠落感や自分中心の感情に縛られている状態です。これは自分自身をぎゅっと縛り、思考を固まらせてしまいます。
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愛(軽いエネルギー): 「今も大好きだよ」「出会えて幸せだった」「あちらの世界で頑張っているなら、私もこっちで頑張るよ」という、相手の存在を今の自分の糧にするエネルギーです。
悲しみを無理に消す必要はありません。
ただ、その悲しみを少しずつ「温かい感謝」へとシフトさせていく柔軟さを持ってみてください。
【スピリットは「思われること」をどう感じているか】
ミディアムシップの経験上、思われすぎて迷惑だと言ったスピリットは一人もいません。
むしろ、忘れられることの方が寂しく、「思い出してくれてありがとう」「やっと気づいてくれたね」と大喜びする方ばかりです。
もし自分が亡くなった側だとしたら、いつまでも想っていてくれることは、申し訳なさはあっても決して迷惑ではないはずです。
【魂は自由な存在:成仏への影響】
「悲しんでいると成仏できない」という心配についても、魂はもともと自由な存在なので安心してください。
あなたが笑顔で相手を思う時、その思いは眩しい光のエネルギーとしてあちらに届き、相手の力になります。
ただし、ネガティブな感情も伝わりやすいので、
いつまでも「どうして死んじゃったの」と固まった感情でいると相手を困らせてしまうこともあります。
時間をかけて、優しい愛のエネルギーに変えていきましょう。
【新しいフェーズとしての関係】
愛する方との関係は終わったのではなく、「新しいフェーズ」に入ったと考えてみてください。
後悔という執着にエネルギーを使うのではなく、見えなくても「今ここにある愛」にフォーカスすることです。
姿は見えなくても、魂は必ずそばにあり、共生しています。
どうしても会いたくなった時は、その気持ちを否定せずしっかり受け止め、静かに呼吸をしてみてください。
【そばにいるサイン:手紙やメッセージ】
「私は一人じゃない、いつも見守ってくれている」と自分に言い聞かせたり、手紙を書いたりしてみてください。
ふと心が温かくなったら、それは彼らがそばに来てくれているサインです。
自分の気持ちが執着になっていると感じたら、一度「相手の幸せ」を純粋に願ってみてください。
それだけで、思いは愛へと変わります。
【まとめ:この世の人間関係にも通じること】
執着と愛のテーマは、亡くなった方に限りません。
相手の負担になるほどの「押し付けがましい思い」は執着であり、相手の幸せを願う気持ちが愛です。
スピリットに対しても「いつもサインをちょうだい!」と強く求めるのは執着に近いかもしれません。
「気が向いた時に何か教えてくれたら嬉しいな、あちらでも忙しいだろうけど」くらいの余裕を持つことが、
相手を思いやった愛のエネルギーになります。
本日もありがとうございました。また次回お会いしましょう。
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